想像がつかない家

そろそろ中学2年になった次男の高校進学を、
色々な角度から考えなければならなくなった。
1年なんてあっという間に過ぎる。
中国での進学は考えられないので(私以上に中国語は話せない)
当然日本ヘ帰国しての進学になる。

取りあえず住む場所。
母に許可を得た訳ではないけど、
息子の高校進学に実家の久留米を拠点にしても良いかなと思った。
築45年近く経っているので古くて、

インテリアはまぁ、ちょっと、あれ・・・なんですが・・・
まぁどうにか住めるし、

場所は住むには一等地に有る。
久留米だと、高校の選択肢は福岡市内より少なくなるけど、
いくら元気といえども、母ひとりでは住まわせるのは心配だしなぁと思う。
そんな計画を立ててる最中の家だけど、

息子は、実家に泊りに行くたびに、
独り住まいなのになんであんなに台所やトイレが沢山あるのおかしくない?と聞く。
そんなの・・・・私に聞いても知らない。

私が暮らしていた頃は普通の家だったのに、
いつの間にかとても複雑な家の構造と、
友達に間取りなど聞かれても答えられない家になっていた。

限りなく、説明のしようがないほど、変な間取りの家なのだ。
広いの?ときかれれば、広いけど、
では私の部屋と、息子の部屋と考えると使えそうな部屋が無い。
使ってない部屋は無駄に沢山有る。
ざっと数えても空き部屋は10部屋くらい有りそうだ。

トイレも5つ、お風呂が3つ、台所は3つ、洗面所なら何故か5つも有る。(旅館か?)
しかも全部に家電製品まで揃ってる。

というと、とてつもなく大きな屋敷か、広い家のように聞こえるけど、
居住空間はあまり無い!
いろいろ説明すると、尚更、誰もがどんな家なのか想像できなくなる。
謎の家だ。

第一、ひとりで居住している母がメインで使ってる部屋でさえ狭くて、
ダイニングテーブルにもまともに椅子3脚が置けないくらい狭い。
2階に行くには、椅子を動かして、一旦椅子から離れなければ通れない。

いったいどんな家?

友人から友人の息子が日本の学校に行く事になったら、
住む(下宿?)部屋は有るかと聞かれた時、
まぁ、部屋は沢山有るけどね・・・居住空間があまり・・・としか答えようが無かった。
「2階に大きなシャンデリアが有って・・・・・
それが部屋の真ん中にどーんと柱のように有るので邪魔なの」
そう言うと、
ますますイメージ出来ないと言われる。
まぁ、誰もがこの状態想像出来ないよね。

シャンデリアは天井から床下後10cmというところまで有るだけど、
それを言葉で言っても想像出来ないと思う。

どちらかというとシャンデリアというより、
床からにょきにょきと生えてるといった方が近いかも・・・。

証拠写真を撮ってきた。
これがその説明が出来ない今は納戸として使ってる部屋。
ほらねっ、確かに部屋の真ん中にシャンデリアが・・・・。
普通有り得ないけど・・・。

真ん中にどでかい邪魔なものが居座っているので、
今は納戸として、物置にしている(というか物置でしか使えないけど)
そしてこの部屋がほぼ家の中心というか、
ここを通らないと奥の部屋にも、どこにも行けない。
実は、
父が亡くなってから、
母が、2階が明るいから2階に住もうっと!
と、吹き抜けだった2階部分を改造して、台所とキッチンとお風呂を作った残骸。

以前はこんなだった。
今改めて見ると、45年前の家とは思えないほど斬新だ。

上の方に見えている吹き抜けの部分のシャンデリアが、
部屋の真ん中に柱のようにあるものの正体だ。
当時は2階部分は、奥の寝室と納戸以外は吹き抜けになっていた。

吹き抜けの部分に2階を作って、今は2階は全部が単なる物置。
2階を居住空間にと思いつきで改装してから1年も経たないうちに、
暮らさないまま、やっぱり、2階は上がるのがきついので、南側に家建てようっと!
・・・と思ったらしくて、
南側に増築して、またそこにも、お風呂とトイレ。

数年経つと、駐車場が足りないと
1階ダイニング部分を半分潰して車庫にして、
残りの半分にまた台所とお風呂を作った。

以前のダイニングの端っこに、キッチンユニットを置いてキッチン兼ダイニングにしたので、
身動きできないほど狭い。

こうやって気まぐれと思いつきを繰り返して、
金銭的にOUTになって改築作業は止んだ。・・・(涙)

結果、去年父の13回忌には、
もし父が帰ってきて見たら、吃驚して腰抜かしそうな、陳腐な家が、
母のわがままと気まぐれで出来あがってしまった。

こんな風に、母は普通なら一大決心をして、計画して行うものを、
思いついたら考えるより先に実行してしまう。
気軽に、コンビニでおにぎり買うように決めてしまう。

父が亡くなって、
ワンマンな父に仕えていたように・・見えていた母が、
ほんとは、父以上にワンマン(ウーマン?)だったを、
私も、叔母も、否応なしに知らされて、顔を見合わせ苦笑するしかなかった。

いやいや・・・そう人だったんですか?お母さん。

驚く暇なく、怯まず、さっさと誰にも相談せずに、
建てた当時からの建築業者に電話1本で決めて、
近くに住んでいた兄でさえ、工事が入って初めて改装するのを知ったくらいだ。

今度の息子の入院とかの処遇にしても、
有り得ないとんでもない事を言ったり、とてつもない事を考えたりするので、ほんと疲れてしまう。
絶対一緒に住むとストレスが溜まるし喧嘩になる!!
あまりにも、はちゃめちゃ過ぎる!

以前はそう思っていたけど・・・・。
ただ、今度息子の入院でひと月以上母と一緒に暮らして、
私も歳をとって吞み込めるようになったのか、
人生の荒波にもまれてちょっと丸くなったのか、
母の我がままや、無理難題が、以前のように気にならなくなっていた。

考えてみたら、
母のわがままより、私の突っ張りの方が強かったのかもしれない。
育ててくれた事への感謝と恩と、今までの娘としてのわがままを考えてみれば、
たった数年、まぁ、長寿の家系の母だから何十年かもしれないけど、
いつの間にか、たとえ自分の自由や、やりたい事を捨てても、
別に良いんじゃない!まぁいいや、と無理無く考えれるようになっていた。

それはある意味、
数億円の宝くじが当たるより、
私にとって、神様からの最高の贈り物かもしれない。

そう思うと、
母も、私も、食いつぶして、もう家を快適に直すお金さえないけど、
シャンデリアが真ん中に鎮座している部屋でも、まぁいいか。
母の傍に居てやりたいと思うけど、

そこはまた、奇想天外の発想で人を惑わす母の事だから、
突然、家を売り払って海外に移住するとか言いかねないので、
なんとも言えないけど・・・・・ね。