昨日は、知り合いの店で天然ぶりを手荷物で空輸(内緒で?)してくるというので、
誰も大きなブリは捌けないので、我が家の旦那に白羽の矢が立った。
というか最初から当てにされていたらしいけど・・・。。
手伝い賃金は要らないから、天然ぶり数切れ貰ってくると、
言っていた言葉を信じて、炊きたてご飯で待っていたが、
想像したとおり、午前様。
何処かでブリは忘れられていた・・・よ。
あまり油は乗ってなかったけど、
とりあえずは今年のは正真正銘の天然ぶりだったそうで、残念。
(去年のは・・・・)
仕方が無いので、我が家のメイン料理は時間も材料も無いので、
肉適当炒め(塩胡椒で炒めただけ)
野菜不足なので、青いトマトを買ってきた。なんて名前??
今年名前を確かめてみたら、「草苺柿子」って書いて有る。
確かに日本のフルーツトマトのような味だし、なんとなくわかる。
初めて見たときは普通のトマトの値段は倍するし、
そのくせ「えっ?まだ青いのに食べれるの?」ってくらい青々しくて、食べる勇気がなかったけど、
独特の食感と甘さで、ファンになった。
草苺柿子!(今年はじめて名前を知ったけど)

青トマト
日本では見たことが無いので、
明日、日本に行くのでこっそりバックの中に入れていこうか・・・。
あっ、そうだ。
明日から4~5日、医療相談に乗ってもらえるお医者さんに相談してきますので、
日本に帰国します。
父が生きていたら、定年後海外で働かないかと言ったら、喜んで来そうだな・・と思う。
ともかく好奇心が旺盛で、珍しい事なら何でも受け入れそうだった。
もっとも戦時中は軍医として5年間海外(戦争前線)にはいたのだけど。
ほんとなら、こんな時、
そういう気質はまるで受け継いでないけど、
やはり兄が生きていたら一番頼りになるのになぁ・・・。
突然、若くして亡くなった兄も来月で一周忌。
もう1年も経ったのか・・・という気持ちと、
まだ1年も経たないのか・・・という気持ちが入り交じっている。
絶対に考えられない想定が、この兄の死だった。
だから世の中これから先何が起こっても、結構受け入れられる。
この歳になってなんだけど、最近、ほんのつい最近。
やはり父の言う通り、後を継いで医者になったら良かったと初めて思った。
医療関係の仕事を目の当たりにしているからだと思うけど。
ちょっと(かなり?)思うのが遅かったから、
今更どうしようも無いけど・・・。
それでも結構漢方って面白いので、色々勉強してみると楽しい。
父が最初から僻地で医療に従事している医者だったら、
反抗せず、迷わず、後を継ごうと思っていただろうと思う。
志していたけど断念したという父に、
今更ながらやはりどんな意味でもほんの少しの親孝行も出来なかった事が、
年齢を重ねる毎にズシンと重い。
医者は嫌いだ(自分の職業として)!いやだ!(結婚相手としても)
と決めつけていたのは、
やはり父への反抗心からだけだったのではないかと、
もう残り少ない人生を踏み固める時期にやっと認めることが出来る。
だから、息子が進路でいろいろ屁理屈を言って反抗しても、
まぁ、たぶん、歳を重ねないと分からない部分か・・・
と諦めの境地で聞き流せるのかもしれないなぁ。
ブリは食べれなかったけど、青いトマトを食べながら、
蘊蓄をたれる息子の話を聞きながらそう思った。
明日、日本に帰ったら、やっぱり「うどん」だよなぁ。
(って、人生のメインはやはり食べ物)

結局、天然ぶり食べられなかったんですね。
それは、残念。
今、日本にいますが。極貧生活で。
美味しいもの、食べれてません。
お父様、軍医さんだったんですね。
きっと、中国でも、お仕事が出来たと思うのに。
残念でしたね。
お医者さん、ってすばらしい仕事だと思います。
仕事自体、人のためになってるんですから。
そういう、仕事できる方、って本当に、幸せですよね。
自分の為にだけ、生きる人生、ってなんか、つまらないですよね。
>ちびまるこさん、
そうです。。ほんと残念。
私も今回日本では、自分のお金ではうどんしか食べてません。
それでも元計算すると、高いなぁ・・・と思ったりして・・。
私も父に反抗して医者にはならなかったんですが、
今になってみると、なっていれば良かったと思います。
特に最近医療関係の仕事をしたら、
なんで、目指さなかったのかと、始めて後悔しました。
私も日本に帰ったら、
少しでも他の人のためになる仕事を捜そうと思います。
(年齢的にいろいろは無理ですが・・・)